PICK UP ACTRESS 伊藤沙莉

PICK UP ACTRESS 伊藤沙莉

PHOTO=草刈雅之 HAIR&MAKE=aiko
STYLING=吉田あかね INTERVIEW=斉藤貴志
衣裳協力 ワンピース=LUIK(03-5712-3520)
イヤリング=STRI(http://www.stri3.com

 
 

多彩な演技で出演作が相次ぐ実力派
「榎田貿易堂」で夫との関係に悩む役

 
 

――連ドラ出演が立て続けで、クランクアップしたら、すぐ次にクランクインだそうですが、体的にキツくないですか?

「全然大丈夫です。『寝てません』とか言いたいですけど、めちゃくちゃ寝てるので(笑)。まとめては寝られないから小刻みに寝ているし、体力は意外とあります」。

――適度に息抜きもしつつ?

「親友の堺小春と旅行に行ってきました。泊まったお部屋にプールが付いていて、めっちゃ遊んだんですけど、私はカナヅチで一切泳げないんです。耳に水が入るのがダメで潜れなくて、『溺れる~!』とやってたら、全然浅くて普通に足がついたとか(笑)、そんなことばかりやってました。何もしない旅がしたくて、ずーっとボーッとしてましたね」。

――公開される「榎田貿易堂」は2年前の22歳のときに撮った作品だとか。

「そうですね。大切な思い出で、やっと公開という感じです」。


――この作品に限らず、沙莉さんはひとつの役に入る前に、準備は入念にしておくほうですか?

「あまりやりません。漠然と『この人はこんなことをするだろうな』と思い浮かべるくらいです。固めすぎず、意外な言葉を発しても『何を伝えたかったんだろう?』と考える余白は取っておきます」。

――今回の千秋は28歳の主婦で、当時の沙莉さんが演じたことのない役柄でしたが、それでもさほど役作りはせず?

「しなかったです。千秋が直面する問題は年齢も関係するとしても、女性だということが一番大きいので。28歳はもう若いとは言えなくて、岐路に立たされていることは考えましたけど、いろいろな28歳がいるし、そこはあまり詰めなかったです」。

――以前「自分と遠い役ほどやりやすい」と話されてましたが、千秋は自分との近さでいうと……。

「すごく中間というか、今までで一番、遠からずも近からずでした。どこか満足してないけど、どう動いたらいいかも、どう止まっていればいいかもわからない。この映画に出てくる人はみんなそうで、そこに共感はすごくありました。でも私は結婚してないし、28歳なりの考え方もあるだろうし、現実的なところではすごく遠かったりもするので、一番ごちゃ混ぜでやった役かもしれません」。

――劇中で直接は描かれてなかった夫との生活のことは想像しました?

「それはしましたね。夫婦ってすごく難しいと思うんです。私の姉が結婚していて、近くで見ていると、他人だけど家族で家族だけど他人で……みたいなところから、いろいろ積み重ねて夫婦になるのは絶対簡単なことではないだろうし。積み重ねた結果、『別れよう』とか『まだこの人と頑張ってみよう』とか思うはずで、たとえ衝動的なことをしたにせよ、やっぱり積み重ねた上での衝動だろうし。だから自分の中に、実体験ではなくても夫婦のことが蓄積されてないと、千秋の発言や行動につながらない。そういう意味で、リサーチ的に姉たちを見ていたのは、すごく糧になりました」。

――リサイクルショップ榎田貿易堂の客のヨーコ(余貴美子)に「夫婦で仲良く食べるのよ」と饅頭をもらって、「やっぱそんな空気が出てたのかな」とつぶやく台詞がありました。

「そこはお芝居として難しいところで、夫とうまくいってない空気を体現しようとすると、気持ち悪く見えると思うんです。自分がわかってないところで人にバレているのが一番恥ずかしくて、怖くもあるので、千秋としてはむしろ、なるべく普通に装うことに力を入れました」。

――そのシーンのあと、1人になった千秋が怒り顔で饅頭を食べながら、石を投げて地団駄を踏んだりしていました。あれは台本通りですか? それとも、沙莉さんのその場のテンションから?

「どうだったかな? 監督の飯塚(健)さんは最初からそこまで決めてないことが多いです。台本を読むと『これ、どうやって撮るの?』というシーンが、現場でバーッと導線を付けて『あっ、そうなるんだ』となったりするので、あそこもたぶん、店の前から道路まで行って……という流れは、あの場で決められたと思います。役者のテンションは必ず尊重してくれる監督で、止まらなくなってワーッと行ったところもあった気がします」。

――飯塚作品は6本目の出演なんですよね。あそこは千秋の中に鬱積していたものが爆発したようでしたが、そういう感情はわかります?

「わかります。人って年を重ねるに連れて、口数が少なくなるじゃないですか。いちいち突っかかっていたらキリがないから、あえて流したり、気づかないふりをすることが増える。私が言うと『小娘が』って感じですけど(笑)、千秋さんはそこでもがいている。人生の一時期なのかなと思います」。


――沙莉さん自身も、溜め込んでいたものが何かの形で爆発することはあります?

「全然あります。何か『ウワーッ!!』と叫びたくなったり。私の中で携帯のギガ数みたいなものがあるんです。このお仕事はずっと同じ人と一緒にやる環境ではなくて、いろいろ新しい人と会うからギガ数がパンパンになって、低速化して、家から出られなくなっちゃう。『もう無理! 限界!』って、千葉の実家に帰って引きこもります(笑)。それで、ある程度の容量ができたら戻って、また『無理!』となったら千葉に帰る生活をしています」。

――実家に引きこもって何を?

「私はしゃべるのが好きで、うちの家族は全員よくしゃべるので(笑)、一緒にワーッと言ってるのが一番リフレッシュになりますね」。

――劇中では、ヨーコに言われたひと言から、急に眼帯を外して涙を流すシーンもありました。

「自分で気づかないふりをして目を背けていたことを人に言われて、直面させられた感じでしたね。あとは飯塚マジックがありました」。

――と言うと?

「あのシーンって、みんなギリギリまでふざけているじゃないですか。大の大人がワーッとケンカして、私が『やめてくださいっ!』と言ってるときも、何なら笑っちゃってないか気になるくらい、おかしくて仕方なかったんです。その分、ドライやテストでは『うわっ。このあと泣けるかな……?』って不安でした。そもそも涙を流すのが本当に苦手で……」。

――そうなんですか?

「もともとあまり人前で泣かないし、どんなに悲しい場面でも、そんなに涙が出るほうじゃなくて。だから『出るかな……?』と思っていたら、飯塚さんが『大丈夫?』って来て、まっすぐ目を見て『指輪。排水口。洗い物』と三つの言葉だけ言って帰っていったんですね。その瞬間から、シーンを撮り終わって、ちょっと経つまで、涙が一回も止まらなかったんです」。

――おーっ……。

「自分が持ち合わせてないはずの思い出がブワーッと蘇って……。私が役に対して『こういう経歴で、こんな過去があって』と作っていったとしても、結局は架空に過ぎない。でも、その言葉を聞いたら『きのうカレーのお皿を洗った』とか、細かいところから走馬灯のように浮かんで、よくわからない気持ちになったんです。もう『すべてから逃げたいけど、向き合わなきゃいけない』って、涙が止まりませんでした。本当にマジック。不思議で怖いと思ったくらい。最初で最後の経験かもしれませんね」。


――リアルに涙腺が決壊したように感じました。一方で、思わず吹き出してしまうシーンも多々あって……。そういうところは、演じる側も楽しんでいた感じですか?

「いや、飯塚さんの作品は“会話のテンポが命”みたいなところがあって、一瞬でも間がズレたり、面白くない間ができたら殺される……という意識でやっているんですよ(笑)。特に大先輩方とやらせていただくからには、足を引っ張りたくない。『あいつが入ってテンポが崩れた』みたいには絶対なりたくなくて。コメディのシーンは常に、息を止めて全力疾走している感じでした」。

――それはそれで大変だったわけですね。

「お芝居の中で刑事ドラマみたいなお芝居を始めたところはヤバかったです。崩れたら一瞬で終わってしまうので。飯塚さんは『この台詞からこの台詞まで』とか割らないんです。ほとんど最初から最後まで1カットで撮るので、もう恐怖でした(笑)」。

――だからこそ、観る側には面白い空気が伝わって。

「そうですね。コインランドリーでの(呼鈴を鳴らして逃げる)チンチンダッシュのところは、いろいろなバリエーションのベルの叩き方をして、めちゃくちゃ楽しかったです(笑)」。

 
 

守るものがないのが自分の強み
作品が面白くなるなら全力で

 
 

――珍宝館に夫と行ったところでも、指が立っていたり、すごいシーンがありました(笑)。

「あれはどうにも練習できなくて。台本を読んで検索をめちゃくちゃしたんですけど、そのときの履歴は変態だと思われるんじゃないかと(笑)。ありがたいことにそういう映像は世にたくさん出回っていて、携わっている方たちの偉大さやすごさを真正面から受け取りましたけど、家族には心配されました(笑)。私がワーッとなって実家に帰ってきて、1人でアダルトみたいなのを観ていたから、ビックリされちゃって(笑)」。

――飯塚監督はこの映画のテーマを“辞める”ことだとコメントされています。沙莉さんも子役からやってきて、そういう岐路に立ったことはありましたか?

「『辞めなきゃいけないかな?』と思ったことはあります。特に学生時代、みんなが志望校とかを書き始めた頃、少なくとも3回は『どっちにする?』というところに立たされました。仕事を続けるのが苦痛だったのではなく、『辞めたい』と思ったことはないんですけど、『私が楽しいだけだとダメかな?』とか『何のためにやっているんだろう?』とか無駄に意味を考え出すと、『どうなんだろう?』となって……。それは一生続くことだろうし、千秋さんとも共通している気がします。夫と離れたいと心から思っているわけではないけど、『このままだといけないんじゃないか?』と悩んでいる。作品全体がそういうお話ですよね」。


――子役から時期が来て辞めた人も多くいますが、沙莉さんは続けてきました。

「姉とかに『あなたはたぶん他の仕事は何もできないよ』と言われます(笑)。本当に社会不適合者で、真っ当なお仕事には向いてないんです。だから『好きなお芝居をやれて良かったね』と言われました」。

――女優の他に、やりたいことはありませんでした?

「小学生の頃から専業主婦が夢でした。れっきとした仕事だと思うし、本当は家にいたいんです。旦那さんのために、おうちのことをしたい。できれば女優と両立したいですけど」。

――沙莉さんが専業主婦になったら、業界的には大きな損失かと。「榎田貿易堂」のチラシにもありますが、今や沙莉さんの紹介には必ず“若き実力派女優”と謳われますよね。そこは自負もありますか?

「いやー、ないです。本当にうれしいですし、ありがたくて光栄ですけど、実力派とか正統派とかは観る人が決めればいいし、そのカテゴライズによって、たとえば正統派の人が正統派ではない役をやり辛くなるかもしれない。だから、そういう分け方は要らないと思うんですよね」。

――肩書きはともかく、沙莉さんがこれだけ女優として求められるのは、自分ではどこにアドバンテージがあるからだと思いますか?

「守るものがないところ? 『こんな顔を見せていいの?』みたいなヘン顔も全然するし、コメディで『女を捨ててるね』と言われることもあります。そういうつもりではないですけど、プライドを持ってプライドを捨てることはあって、そこで戦えるのは強みじゃないかと思います。子役からやっていると、子どものイメージがありますよね。でも、私はこの前も脱ぐシーンがある映画をやらせていただいたし、濡れ場や今回のようにタバコを吸っても『イメージと違う』とはならないと自分なりに思っています」。

――フェイクドキュメンタリーの『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』での濃厚なキスシーンとか、ビックリしました。

「あの相手は俳優さんではなかったですからね(笑)。私がたとえば『チュッだけにさせてください』と言っていたら、あそこで松岡(茉優)が『ギャーッ!!』となることもなかったし、私は自分から発信するタイプではないので、誰かに言われたことで何かが生まれるなら、全力で貢献したい。やらないで自分が良く見えたとしても、作品が面白くならなければ意味がないので」。

――そういう守りに入らない姿勢は、もし自分の見た目がいわゆる長身美形モデル系とかだったら、また違っていたと思います?

「それはあると思います。役者としても人間としても、こういう性格や動き方にはなってなかっただろうし。今の自分だと、きれいな女優さんたちに負けてる部分はたくさんありますけど、ひとつくらい勝てるところがあるんじゃないかと思って、こういう気持ちでやっているところはありますね」。

――「榎田貿易堂」の群馬での撮影中は「不安だった」とのコメントがありました。それは全体的なフワッとした不安ですか? それとも、特定のシーンに対するものでした?

「全体的に『足を引っ張るんじゃないか』みたいな不安はありつつ、さっき言った突然泣くシーンや、同僚の清春(森岡龍)の『辞めようかな』という気持ちを初めて聞くシーンは不安でしたね。常に面白いことをしている人の本音が見える部分で、大切にしないといけないから、スケジュールを見ながら『ああ、この日だ……』となってました」。

――沙莉さんくらいになっても、そういう不安があるんですね。

「ほぼ毎日吐きそうです(笑)。最近の(新川)優愛ちゃんとやっていたドラマ(いつまでも白い羽根)でも、シリアスなシーンはだいたい吐きそうになってました。コメディはもともとすごく好きなんです。自分が面白いと思ったことをパーッとやれば反応がわかりやすく、ドライやテストでスタッフさんがクスッとなれば『この調子で』となるので。でも、シリアスなシーンだとみんな真剣に観ていて、涙する人もいない。観る人の感情がどこで動くのかまったくわからないのは、やっぱり怖いですね」。


――居酒屋での清春とのシーンでは、「無理してでも無理しないほうがいい」という台詞がありました。

「あれは台本になくて、現場で飯塚さんにパッと言われました。その言葉が自分に刺さりすぎて、言うのが怖かったんですけど、龍さんが清春として言葉を投げて、真摯に返したくなるお芝居をしてくださったからこそ、私も言うことができました。自分が発した中で、一番好きな台詞かもしれません。すごく大切にしています」。

――沙莉さんも無理をしていたことがあって?

「私もあったし、だいたいみんな無理はしていると思います。だから『無理してでも無理しない』というのは、『頑張れ』と言われるより頑張れる気がしました」。

――「榎田貿易堂」は梅雨時に公開されますが、雨の休日はどう過ごしますか?

「車の運転が好きで、晴れても雨でも千葉でカッ飛ばしてます。それで結局、家に戻るんですけど(笑)、ただカッ飛ばすために、あてもなく走りますね」。

――「カッ飛ばす」って……。

「もちろん法定速度は遵守してます(笑)。あとは動画でひたすらモーニング娘。さんやお笑いを観ています」。


――勉強も兼ねて映画を観たりは?

「映画もたくさん観ますけど、最新作に疎くて、同じ映画をDVDがすり減るくらい観るのがクセなんです。『1年観てなかったな』という作品を毎年観ると、捉え方が全然変わって、たとえばただ面白かった『ホーム・アローン』で終始号泣したりしてます。ずーっと好きな作品を、他の人物の視点や違う角度から何回も何回も観ています」。

――他にはどんな作品のDVDがすり減りました?

「いろいろあります。『クレヨンしんちゃん』は全部すり減ったし、『キサラギ』だったり、伊坂(幸太郎)作品は『アヒルと鴨のコインロッカー』や『フィッシュストーリー』や『ゴールデンスランバー』とかほぼ観ています。洋画だと、私はジム・キャリーが神様でほとんどの作品を観た中で、『ふたりの男とひとりの女』が本当に大好きです。幼稚園か小学校低学年の頃に初めて観て『なんてすごい人なんだろう!』とハマりました」。

――そんな小さい頃にジム・キャリーに惹かれたんですか。

「『マスク』はわからないまま観ましたけど、『ふたりの男とひとりの女』は二重人格の男が1人の女を好きになっちゃって、自分の中にいる2人で取り合うんですね。その男をジム・キャリーが演じて、ケンカも1人でやるんです。バーンと殴るのも自分。受けて『痛ってえな!』ってツバを吐くのも違う自分。その1人ゲンカが凄まじくて、全然違う2人に切り替わっているのが立っているだけでもわかりました。『この人イカれてる』と思って何回も観て、もう台詞を全部、映像とほぼ同時に言えます」。

――沙莉さんがジム・キャリーを好きというのは、わかる気がします。

「大好きです! ああいう役者になりたいと思います」。

 


 
 

伊藤沙莉(いとう・さいり)

生年月日:1994年5月4日(24歳)
出身地:千葉県
血液型:A型

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2003年に子役としてドラマ「14ヶ月~妻が子供に還って行く~」(読売テレビ・日本テレビ系)でデビュー。主な出演作は「女王の教室」(日本テレビ系)、「トランジットガールズ」(フジテレビ系)、「その「おこだわり」、私にもくれよ!!」(テレビ東京系 ほか)、「ひよっこ」(NHK)、「隣の家族は青く見える」(フジテレビ系)、「いつまでも白い羽根」(東海テレビ・フジテレビ系)、映画「幕が上がる」、「全員、片想い MY NICKNAME is BUTATCHI」、「獣道」、「パンとバスと2度目のハツコイ」など。「榎田貿易堂」は6月9日(土)より新宿武蔵野館ほか全国ロードショー。7月スタートのドラマ「この世界の片隅に」(TBS系/日曜21:00~)、9月1日(土)公開の映画「寝ても覚めても」に出演。
詳しい情報は公式HP
 

「榎田貿易堂」

詳しい情報は「榎田貿易堂」公式HP
 

 

 

配給:アルゴ・ピクチャーズ
(C)2017映画「榎田貿易堂」製作委員会
 
 
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